メニュー

分煙、というけれど・・

[2017.04.25]

東京オリンピックを前に、様々なものが整備されつつあります。禁煙政策もその一環で、特に飲食店や店舗などでの禁煙や分煙について話し合いがなされているようです。決して進んではないようですが・・。
先日WHOの担当官が日本の喫煙状況を視察し、痛烈に批判を行っていたことが報道されていました。先進国で最底辺の状況にあるということです。そして分煙、という考えも不十分なものであるとコメントしていました。
厚労省は禁煙をできるだけ推し進める方向で法案を作成し頑張っています。しかし「自民党たばこ議員連盟」なるものが中心となり、これにブレーキをかけようと躍起になっているようです。この議員連盟、たばこ産業の健全な発展から日本経済の成長、活性化を本気で願っているものらしく、それなりの数の議員が所属しています。たばこの害悪は科学的、医学的、そして世界的に多くが認めるところです。もし仮にこの手の部署が普通の会社や学校、病院にあったとしたら「なんじゃこりゃ」となりますが、国会には存在し少なからず影響力をふるっているというのですから、何か滑稽な感じがします。
分煙というと、それでお客さんがみんな受動喫煙から守られるか、というところに議論は行きがちです。そしておそらく多くの場合完全には守られないことが予想されます。それ以上に懸念されるのは分煙では従業員が受動喫煙から全く守られないということです。現在の日本の喫煙率、特に若者の高くはない喫煙率と、今後さらに減っていくことを考えると、喫煙者だけで飲食店などのサービス業を担っていくことはあり得ません。しかし雇用されている従業員の立場として、「私はたばこは吸わないので喫煙スペースには絶対入りません」とは言いにくいでしょう。現在も分煙を謳うカフェやレストランなどで、喫煙スペースと禁煙スペースを行ったり来たりする従業員の若者をたくさん見かけます。
もう一つは喫煙者のマナーとモラルの問題でしょう。最近は屋外でも路上喫煙を禁止することが多くなり、喫煙スペースでたばこを吸うという光景をみます。私のクリニックの近くの路上にも歩道に灰皿が設置され、喫煙スポットになっている場所があります。そこは近所の小学校の通学路で、子どもたちが行き来する通りでもあります。しかしそれを横目に大人たちは平気でたばこを吸っているのです。誰がなぜその場所に立派な灰皿を設置したのかはわかりませんが、とても悲しい光景です。
権利とそれを行使することの意味を穿き違えず、何を守るべきかということを中心に議論が進むと良いのですが。

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME